36歳の春、辞令が出た。
マルチメディアの画面仕様作成チームのマネージャーに、なった。 職場の先輩が「おめでとう」と言った。 上司が握手をしながら「期待している」と言った。 私は「ありがとうございます」と答えた。
嬉しかった。本当に、最初は嬉しかった。
でも、その感覚が続いたのは、 最初の数週間だけだった。
最初に気づいたのは、「手を動かさなくなった」ことだった
管理職になる前、私は設計者だった。 仕様書を書く。問題を解決する。 画面の設計を考え、より使いやすいインターフェースを追求する。 そこには、手ごたえがあった。
管理職になってから、その手ごたえが消えた。
最初の1ヶ月で気づいた変化は、ミーティングの数だった。 プレイヤーの頃は、会議が「仕事の合間にあるもの」だった。 管理職になってから、会議が「仕事そのもの」になっていた。
プレイヤーの頃
午前中に設計を進め、午後に確認会議。夕方に修正して、帰る前に明日のタスクを整理する。
管理職になってから
朝から夕方まで会議が連続する。「作業」の時間が確保できず、作業は会議の合間か、残業時間に押し込まれる。
プレイヤーの一日の終わりに
「今日はここまで設計が進んだ」という感覚がある。
管理職の一日の終わりに
「今日、何をしたのか」が答えられない日が増えていく。
「管理職になれば、もっと大きな仕事ができる」と思っていた。 でも実際は、「自分でやる仕事」から「人にやらせる仕事」に変わっただけだった。 それが、思っていたより、ずっとつまらなかった。
管理職になって最初の1年で、じわじわ失っていったもの
変化は急には来なかった。 毎日少しずつ、気づかないほどゆっくりと、何かが削られていった。
「作った」という感覚
設計者の頃は、仕様書が完成した時に「これは自分が作った」という実感があった。管理職になってからは、部下が作った成果物を確認する立場になった。「確認した」は「作った」ではない。その違いが、じわじわと効いてきた。
仕事への純粋な興味
設計者の頃は、「この機能はどう実装すべきか」「このUIはもっとこうした方が使いやすい」という問いが自然に湧いてきた。管理職になってから、その問いが薄れていった。考える時間がなくなったのか、考える余裕がなくなったのか。どちらかわからないまま、興味が静かに冷めていった。
「自分の仕事」という感覚
管理職になってから、仕事は「組織のもの」になった。上から降りてきた指示を、チームに展開する。チームの成果を、上に報告する。その中で、「これは自分がやりたくてやっている」という感覚が、どこかに消えていった。
どれも、急に消えたわけではない。 だから気づくのが遅れた。 気づいた時には、すでに1年以上が経っていた。
「終わった」と気づいた、ある夜の場面
管理職になってから1年半が経った頃の、ある夜のことだ。 残業を終えて、帰りの電車に乗っていた。 スマートフォンを開いて、何となく技術系のニュースを読んでいた。
あるUIデザインの記事が目に入った。 設計者の頃なら、食い入るように読んでいたはずの内容だった。 でもその夜、途中まで読んで、閉じた。
なぜ閉じたのか、自分でもわからなかった。 つまらないわけではなかった。ただ、続きを読む気にならなかった。
その夜、電車の中で思ったこと
以前は、こういう記事を読むのが楽しかった。
楽しくなくなったのはいつからだろう。
管理職になってから、自分でUIを考える機会がなくなったからか。それとも、疲れているだけか。
どちらかわからないが、何かが終わった気がした。
その夜が、私にとっての転換点だった。 「何かが終わった」という感覚を、初めて言葉にできた瞬間だった。
「管理職に向いていない」のか、「この仕事が合わない」のか
「何かが終わった」と感じた後、私はしばらくその問いと向き合った。
管理職という役割に向いていないのか。 それとも、この会社・このチームが合わないだけなのか。
自分に問い続けた2つの問い
もし別の会社の管理職になったとして、同じ感覚になるか。——なると思った。管理職という役割が持つ「手を動かさない」「作らない」という性質は、会社が変わっても変わらない。
もし今の会社でプレイヤーに戻れたとして、満足できるか。——できないと思った。設計者に戻っても、「企画を決める側」への関心は消えていなかった。
この2つの問いへの答えが、転職の方向性を決めた。 管理職でもなく、今の会社でプレイヤーに戻るでもなく、 「自分で企画を立てられる職種に移る」という選択肢が、 初めてリアルなものとして見えてきた。
その先のプロセスについては、なぜ企画職だったのかという記事に書いた。
「向いていない」という感覚は、サインだ
管理職になって「何かが終わった」という感覚を持っている人に、 一つだけ伝えたいことがある。
その感覚を、「自分が弱いから」「慣れていないから」と片付けないでほしい。
「合わない」という感覚は、嘘をつかない。それは弱さではなく、自分が本当に何をやりたいかを教えてくれるサインだ。
私は3年以上、その感覚を「慣れれば変わる」と言い聞かせながら過ごした。 変わらなかった。 動かないことにもコストがかかる。 その感覚が消えないなら、向き合う時期が来ているかもしれない。
管理職になった瞬間に終わったのは、「プレイヤーとしての自分」だった。
でも同時に、「本当にやりたい仕事への問い」が始まった瞬間でもあった。 あの夜、電車の中でUIの記事を閉じたことが、 転職への長い旅の、最初の一歩だったと今は思っている。
「合わない」という感覚を持ち始めたら、まず自分の市場価値を知ることから始めてほしい。 リクルートエージェントへの登録は無料で、話を聞いてもらうだけでも、 自分の選択肢が見えてくる。


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