- 初めての企画発売から1年——「発売日の感動」の後に来た、より静かな感覚
- 家族が製品を使っているのを見た瞬間——前職では絶対に経験できなかったことの正体
- 「設計者の発想ですね」と言われたあの日から、何が変わったか
- 企画職の「やりがい」の本質——「通った」ではなく「使われた」の違い
- 転職4年目の今、転職前の自分に伝えるとしたら何を言うか
初めて手がけた企画が発売されてから、1年が経った頃のことだ。
発売日のことは、企画書が初めて通った日の記事に書いた。 差し戻しを4回受けて、約1年かけて通した企画が、世の中に出た日のことだ。
発売日の朝、量販店の売場でその製品を見た。 「自分が作ったものが、ここにある」という感覚は、確かにあった。 でも正直に言うと、その日は高揚感より、安堵感の方が大きかった。 「やっと出た」という、力が抜けるような感覚だった。
本当の意味で「これが企画職を選んだ理由だった」と感じたのは、 発売から1年後——日常の中の、ある場面だった。
転職後9ヶ月:初の企画書提出 → 差し戻し4回 → 約1年後に企画承認 → 製品化・発売 → 【この記事】発売から1年後 → 転職後4年・年収1300万円
「企画書が通った日」と「発売日」については企画書が初めて通った日の記事に詳しく書いた。この記事は「その1年後」だけを書く。
家族が使っているのを見た瞬間
週末の朝だった。 特別な日ではない。普通の土曜日の朝だ。
SCENE / 発売から約1年後・土曜日の朝
妻が朝の準備をしていた。子どもたちはまだ起きていなかった。
私はリビングでコーヒーを飲んでいた。
妻が車に乗り込む準備をしながら、何気なくカーナビの操作をした。
その画面に、見覚えのあるインターフェースが表示された。
私が企画した機能だった。
妻はそれを「いつも通り」使っていた。特別な感想もなく、便利だから使っている、というだけの顔で。
私は、コーヒーカップを持ったまま、しばらくその画面を見ていた。
妻は私が何を見ているのか、気づいていなかった。
その瞬間に感じたものを、正確に言葉にするのは難しい。 「感動した」という言葉は少し違う。「嬉しかった」も、少し違う。
強いて言うなら——「ああ、これだ」という感覚だった。
「自分が企画したものを、自分の家族が普通に使っている。」 それだけのことだ。でも、その「だけ」が、とてつもなく大きかった。
INNER VOICE / あの土曜日の朝、コーヒーカップを持ったまま考えたこと
10年間、設計者として企画から降りてくる仕様を実装してきた。
「なぜこの企画が通るのか」という問いを、ずっと持ち続けてきた。
その問いへの答えを自分で出したくて、40代で転職した。
今、妻が「いつも通り」使っているこの機能は、自分がその答えを出した結果だ。
前職のままでいたら、この感覚は絶対になかった。
転職して、良かった。
その言葉が、感情ではなく事実として、静かに頭の中に浮かんだ。
妻は出かけた。 子どもたちが起きてきた。 普通の土曜日が続いた。
あの朝のことを、妻にはまだ話していない。 話す必要もないと思っている。 自分の中で完結している感覚だからだ。
「設計者の発想ですね」からの1年半——何が変わったか
転職して5ヶ月頃、上司に「設計者の発想ですね」と言われたことがある。 企画会議で私が提案したアイデアへのコメントだった。 その時、「自分はまだ企画者になれていない」という感覚があった。
あの土曜日の朝から振り返ると、1年半でずいぶん遠くに来た気がする。
「設計者の発想ですね」の頃
企画書を出すたびに「これは企画者の発想か、設計者の発想か」を自分に問いながら書いていた。自分の視点が「設計者のまま」ではないかという不安が常にあった。
発売1年後の朝
自分が企画した機能を妻が「いつも通り」使っていた。「設計者か企画者か」という問いは消えていた。お客様が使っている——それだけが答えだった。
転職直後の「やりがい」の定義
「企画書が通ること」がやりがいだと思っていた。社内で認められること、上司に承認されることが目標だった。
発売1年後の「やりがい」の定義
「実際に使われること」がやりがいだとわかった。社内の承認は通過点に過ぎない。お客様が使って、便利だと感じる——そこが終点だった。
転職前に想像していた企画職
「自分のアイデアが形になる」という、どこか抽象的なイメージ。「面白い仕事ができる」という漠然とした期待。
発売1年後に見えた企画職の現実
「自分が企画したものを、家族が日常的に使っている」という、具体的で静かな手応え。思っていたより地味で、思っていたより深かった。
転職前に想像していた「やりがい」は、もっと派手なものだった。実際のやりがいは、もっと静かで、もっと深かった。
企画職の「やりがい」の正体——「通った」ではなく「使われた」
企画職に転職する前、「やりがい」のイメージは「企画が通ること」だった。 上司に承認されること、会議で採用されること、製品化されること——そのどこかに「やりがい」があると思っていた。
企画書が通った日は、確かに嬉しかった。 発売日も、確かに感慨があった。
でもあの土曜日の朝に感じたものは、それとは質が違った。
「企画が通った」は、社内での評価だ。
「お客様に使われた」は、社会への貢献だ。
設計者として10年間、「なぜこの企画が通るのか」という問いを持ち続けた理由は、「社内で承認される企画が作りたい」からではなかった。
「お客様が本当に欲しいものを作りたい」——その問いへの答えを、企画職として出したかった。
妻が「いつも通り」使っていた、あの画面が、その問いへの答えだった。
「通った」という社内評価より、「使われた」という市場の事実の方が、ずっと深いところに刺さった。それがやりがいの正体だったと、あの朝に初めてわかった。
前職で得られなかったもの①:「使われた」という事実
設計者として製品を作り続けたが、「お客様がどう使っているか」は見えなかった。企画から仕様書を受け取り、実装して渡す。その先は見えない。企画職になってから、「自分が企画したものがどう使われているか」が視界に入るようになった。お客様の使い方が自分に戻ってくる構造になった。
前職で得られなかったもの②:「自分で問いを立てて答えた」という感覚
設計者として「なぜこの企画が通るのか」という問いは持っていたが、その問いに答える立場にはなかった。企画職に転換してから、自分で問いを立てて、自分で答えを出す立場になった。その答えが妻の「いつも通り」という行動として現れた時、「問いを立てた側」として結果を受け取ることができた。
前職で得られなかったもの③:家族が「何かを知らずに」使っている場面
妻は「この機能を夫が企画した」とは知らない。知らないままに、便利だから使っている。その「知らないまま使っている」という状態が、「本当に必要とされている」という証明だ。「知っているから使う」ではなく「便利だから使う」——そこに本物の価値がある、と感じた。
転職前の自分に、今日伝えるとしたら
転職を決める前の自分に、今日伝えられるとしたら何を言うか。
「転職して良かったよ」は、言わないと思う。 当時の自分には、その言葉は意味をなさない。 「良かった」かどうかは、自分で経験して初めてわかることだからだ。
代わりに言うとしたら、こう言う。
TO MY PAST SELF / 転職を迷っていた頃の自分へ
「企画が羨ましい」という感情は正しい。その感情は、本物だ。
でも、転職してすぐにやりがいが来るわけじゃない。
最初の5ヶ月は「管理職なのに何もできない」という感覚が続く。差し戻しが続く。「設計者の発想ですね」という言葉に傷つく。
それでも続けていると、ある朝、妻が「いつも通り」自分の企画した機能を使っている場面に出会う。
その瞬間、前職では絶対に経験できなかったものが、静かに手に入る。
それを目的にして転職したわけじゃないが、結果としてそれが手に入った。
「企画が羨ましい」という感情を、大切にしていい。
転職後4年が経った今、一つだけはっきり言えることがある。
「もし転職していなかったら」と考えた時、あの土曜日の朝の場面は存在しなかった。 前職のままでは、家族が日常の中で自分の企画した機能を使う場面は、一生来なかった。
その事実だけで、転職を選んだことへの答えは出ている。
転職のやりがいは、華やかなものではなかった。週末の朝、妻が何気なく使っていた画面。それが、10年間持ち続けた問いへの答えだった。
よくある質問(FAQ)
「企画職への未経験転職」は難しいが、不可能ではない。自分の経験を企画職の文脈で翻訳できるかどうかが鍵だ。リクルートエージェントは在職中の40代転職実績がある。まず話を聞いてもらうことから始めてほしい。
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