- 「なんとなく企画が羨ましい」と「自分ならできる」の間にある心理的な壁の正体
- 憧れが確信に変わる4つのステージ——自分が今どの段階にいるかがわかる
- 「未経験だから無理」という思い込みが崩れた3つの瞬間
- 「やりたい」を「やれる」に変えた問い——強みの言語化より先にやるべきこと
- 心理的ハードルを越えた後、最初に動いた行動とその結果
転職を考え始めた頃、私が感じていたのは「企画が羨ましい」という、言葉にすると恥ずかしいくらい漠然とした感情だった。
設計者として仕様書を書いていると、企画から降りてくる指示の意味がわからないことがある。 「なぜこの機能なのか」「誰のためのこれなのか」——その問いへの答えが、仕様書のどこにも書いていない。 それでも「仕様通りに作れ」という指示だけが来る。
そのたびに思っていた。 「自分が企画を立てれば、もっと良いものができるのに。」
でもこの感情は、長い間「羨ましい」以上のものにはならなかった。 「企画をやりたい」と思っても、すぐに「自分には無理だ」という声が来た。 その声は、外から来るのではなく、自分の中から来ていた。
INNER VOICE / 「羨ましい」の段階で頭にあった声
企画職は、文系出身で営業やマーケティングを経験した人がなるものだ。自分はエンジニアだ。畑が違いすぎる。
40代で未経験の職種に転職しようとしたら、年収が大きく下がる。家族を養えなくなるかもしれない。
企画職に転職できたとして、何も成果が出なかったら?「やっぱり設計に戻れ」と言われるような結果になったら?
「企画が羨ましい」は、本当にやりたいことなのか。ただの隣の芝生ではないのか。
この声たちが、「羨ましい」という感情を「行動」に変えないようにしていた。 転職を考え始めてから実際に動き出すまでに、3年かかった。 その3年間のほとんどは、この声たちと向き合う時間だった。
リクルートワークス研究所の調査によると、転職を検討しながら「職種を変えたい」と思っている人のうち、実際に異職種転職を実行できた人は約23%にとどまる。残り77%が異職種転職を断念する最大の理由は「スキル不足への不安」(58%)だが、次点が「自分にできるという確信が持てなかった」(44%)だ。
「やりたい気持ちはある」が「自分にできるという確信が持てない」——この心理的ハードルが、未経験転職の最大の壁になっている。技術的な問題より、心理的な問題の方が大きい。
憧れが確信に変わる4つのステージ

振り返ってみると、私の心理は「羨ましい」から「自分ならできる」まで、4つのステージを経て変化していた。 このステージは順番に進むわけではなく、行き来しながら少しずつ前に進んでいく感覚だった。
企画職が羨ましいという感情はある。
でもなぜ羨ましいのか、自分にできるのかどうか、何も言語化できていない。「どうせ無理」という声がすぐに来て、考えが止まる。転職を考えているが動けない人の多くがここにいる。
「未経験でも企画職に転職した人がいる」という事実を知った時に始まる。
「自分には無理だ」という確信が、「無理かもしれないが、可能性がゼロではないかもしれない」に変わる段階。でもまだ「自分が」できるという根拠はない。
「自分の経験が企画職で使えるかもしれない」という仮説が生まれる段階。
ステージ2が「可能性の認識」なら、ステージ3は「自分に固有の根拠の探索」だ。100個のスキルの書き出し作業が始まる。エンジニアとして見てきたものが、企画職の文脈で語れるかもしれないという気づきが生まれる。
「なぜ自分が企画職をやるべきか」を、他人に説明できるレベルで言語化できた状態。
感情ではなく根拠がある。「羨ましい」と「自分ならできる」の決定的な違いは、この根拠の有無だ。ステージ4に至って初めて、エージェントとの面談が機能し始めた。
多くの人はステージ1から2に進めず止まっている。「自分ならできる」という確信は、待っていても来ない。「根拠を探す行動」を始めた時に初めてステージが動き始める。
「未経験だから無理」が崩れた3つの瞬間

「未経験だから無理だ」という思い込みは、一気に崩れたわけではない。 3つの瞬間が積み重なって、少しずつ崩れていった。
社内の企画担当者と仕様の話をしていた時のことだ。
企画側が「この機能を後工程で実装するのはどのくらい大変ですか」と聞いてきた。私は即答できた。彼は答えられなかった。その瞬間に気づいた——企画職にいる人間が「知らないこと」を、自分は「知っている」。これは差別化になりえる。「未経験」は「何も知らない」ではなかった。
自己分析を始めて「できること」を書き出していた時、特許申請10件という経験が出てきた。
最初は「これは企画職と関係ない」と思っていた。でも「アイデアを出した経験」として見た時に、見え方が変わった。企画職でアイデアを出し続けられるという根拠になる。「エンジニア経験」ではなく「その経験で何をしてきたか」を翻訳することが、確信の源泉になると気づいた。
「未経験で企画職希望」と言うと、最初のエージェント面談では「難しいですね」で終わった。
でも「できること100個」の資料を持参した面談で、担当者が「なるほど、後工程を知る企画者は確かに少ない」と言った。他人が「なるほど」と言った瞬間に、「自分の感覚は正しかった」という確信が生まれた。自分の頭の中だけにあった仮説が、外部から承認された瞬間だった。
「未経験だから無理」という思い込みが崩れたのは、誰かに説得されたからではなかった。自分の経験を別の文脈で見た時に、自分で気づいた。
確信を生んだ問い——「なぜ自分がやるべきか」

「やりたい」という気持ちは最初からあった。 でも「やりたい」だけでは、確信にならなかった。 確信が生まれたのは、問いが変わってからだ。
「自分は企画職ができるか?」という問いを立てている間は、答えが出なかった。
「できる」かどうかは、やってみないとわからない。未経験なのだから、証明のしようがない。この問いは、どこまで考えても確信にならない。
問いを変えた。「なぜ自分が企画職をやるべきか?」
この問いには答えられた。「後工程を知るエンジニアが企画を立てることで、実現可能性を自分で判断できる企画者になれる。このポジションは企画職の中で構造的に少ない。」
「できるか?」という問いは自分の能力に対する問いだ。「やるべきか?」という問いは市場における自分の価値に対する問いだ。後者の方が、根拠を持って答えやすい。
「なぜ自分がやるべきか」に答えられた時、「自分ならできる」という確信が生まれた。
この問いの転換は、「やりたいをやれるに変えた軸の見つけ方」で書いた「軸の設定」とは別の話だ。 軸は「何を基準に転職先を選ぶか」の問いだが、 ここで言っているのは「そもそも自分がこの職種を目指す根拠があるか」という、もっと手前の問いだ。
軸を考える前に、この問いに答えられているかどうかを確認してほしい。 「なぜ自分がこの職種をやるべきか」を他人に説明できない状態で転職活動を進めると、 面接で「なぜ未経験なのに?」という問いに答えられなくなる。
確信の前後で何が変わったか

「漠然とした羨ましさ」の段階と「自分ならできる」という確信の段階では、 転職活動への向き合い方がまったく変わった。
確信の前(漠然と羨ましい段階)
「企画職に転職したい」と言いながら、「でも自分には無理かも」という気持ちが同時にある。半信半疑で調べるが、「難しそう」という情報が出るたびに止まる。
確信の後(自分ならできる段階)
「なぜ自分が企画職をやるべきか」を他人に説明できる。「難しそう」という情報に出会っても、「自分の場合は違う」という根拠がある。
エージェント面談での状態
「企画職がやりたい」と伝えると「難しいですね」と言われて終わる。反論する根拠がないので、押し返せない。「そうですよね」と引き下がってしまう。
エージェント面談での状態
「なぜ自分が企画職をやるべきか」を資料で説明できる。担当者が「なるほど」と言い、企画職の求人を具体的に提案してくれるようになる。
面接での状態
「なぜ未経験で企画職を志望するのですか」という問いに、「企画に興味があって……」という答えしか出てこない。面接官の表情が曇る。
面接での状態
「後工程を知る企画者として差別化できる」という根拠を持って答えられる。面接官が「それは珍しい視点ですね」と前のめりになる。
確信は「気持ちの問題」ではなく「根拠の有無」の問題だった。「やりたい」という気持ちはずっとあった。でも根拠が生まれるまでは、確信にならなかった。そして根拠は、自分の経験を別の文脈で翻訳した時に初めて見えてきた。
確信を得た後、最初にやったこと

「自分ならできる」という感覚が生まれた後、最初にやったのは2つだ。
一つは、「なぜ自分が企画職をやるべきか」を一言で言えるようにすること。 私の場合は「後工程を知るエンジニアが企画を立てることで、実現可能性を自分で判断できる企画者になれる。このポジションは企画職の中で構造的に少ない」という文章を、繰り返し声に出して練習した。 エージェントに会う前に、この一言が出てくるようにしておきたかった。
もう一つは、「エージェントに出した追加資料」で公開したスキルマトリクスを作ること。 「なぜ自分がやるべきか」という確信を、相手が読める形に落とし込む作業だ。 頭の中にある確信を、紙の上に見える形で出して初めて、エージェントに伝わる。
SCENE / 確信を得た後の最初のエージェント面談
「企画職への転職を希望しています」と言った後、資料を取り出した。
「これ、今日持ってきました。職務経歴書とは別に、なぜ自分が企画職をやるべきかを整理したものです。」
担当者が資料を読み始めた。10分ほど経って顔を上げた。
「後工程を知る企画者、ということですね。確かに、これは企画職の中では少ない視点です。」
「そうです。設計者として10年間、なぜこの企画が通るのかという問いを持ち続けてきました。その問いの答えを、自分で出したいと思っています。」
担当者は手帳を取り出した。「それなら、いくつか紹介できる会社があります。」
あの面談が、転職活動の本当の始まりだった。 「漠然と企画が羨ましい」から「自分ならできる」に至るまで、3年かかった。 でも確信を持ってエージェントに会ってから内定まで、6ヶ月だった。
時間がかかったのは、準備ではなかった。 確信を持つまでの心理的プロセスに、時間がかかっていた。
よくある質問(FAQ)
「なぜ自分がやるべきか」を整理してからエージェントに会うと、面談の質が大きく変わる。私が内定を得た時に動いてもらったのはリクルートエージェントだった。まずは話を聞いてもらうことから始めてほしい。
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