部下を育てても報われない|人事異動で何度も奪われた40代管理職の現実

部下を育てても報われない|人事異動で何度も奪われた40代管理職の現実
この記事でわかること
  • 育成に投資した部下が突然異動させられたとき、管理職に何が起きるか
  • 「チームのハブ」を失うと組織がどう崩れるか——実録
  • 人事権を持たない管理職が抱える構造的な問題
  • 「また一から育てる」ことへのモチベーションが尽きた瞬間
  • この経験が転職の決断にどうつながったか

管理職になってから、部下の育成は私が最も力を入れていた仕事のひとつだった。特に入社3年目のAは、地頭がよく、吸収が早く、「このチームの核になれる」と確信できる若手だった。

月2回の1on1面談を続けた。毎回1時間。私が積み上げてきた仕事の進め方、設計の考え方、チーム内での動き方——できる限り言語化して伝えた。自分で考えて判断できるよう、簡単なタスクから徐々に難しいものを任せた。困っていそうなときは声をかけ、失敗しても責めずに一緒に振り返った。

SCENE — 成長の実感

転職後6ヶ月が経った頃、Aが自分から動くようになっていた。他のメンバーに声をかけて課題を共有し、解決策を持ってくる。私が指示しなくても、チームの空気を読んで動く。

「あいつは本当によく動くな」と上司にも言われるようになっていた。私はその言葉を聞いて、単純に嬉しかった。自分が投資した時間が、形になっていると感じた。

このまま半年、1年と経験を積ませれば、チームの中核を担える人材になる——そう確信していた。

目次

突然の異動通知——何も聞かされなかった

異動の通知は、上司から私に伝えられた。「来月から、Aは別の部署に異動になった」。それだけだった。

理由を聞いた。「会社の方針として、優秀な人材をいろんな部署で活かしたい」という説明だった。会社全体の人材循環という観点では、理解できる話だ。でも私が抱いたのは理解ではなく、怒りに近い感情だった。

なぜ、私に一言もなかったのか。人員配置も管理職の仕事のはずだ。なぜ何も相談がなかったのか。

人事権は会社にある。それはわかっている。でも半年以上一緒に仕事をして、毎月2回面談してきた管理職に、一言の相談もなく決める——これが組織の「普通」なのか、という疑問が消えなかった。

INNER VOICE — 異動通知を受けた日の夜

「お前ならできるだろう」と後から上司に言われた。周りからも「大変な人事だった」という声が聞こえた。

「大変」ということはわかってる。でもそれは私に相談しなくていい理由にならない。管理職として人員配置に関与してきたのに、なぜ一番重要なタイミングで蚊帳の外なのか。

「お前ならできる」という言葉は、相談しなかったことへの言い訳に聞こえた。

チームがボロボロになった3ヶ月

Aが抜けた後のチームは、しばらく機能しなかった。Aはチームの「ハブ」として動いていた。他のメンバーをつなぎ、情報を整理し、私と現場の橋渡しをしていた。そのAがいなくなった穴は、想像以上に大きかった。

DATA — Aの異動後に起きたこと

コミュニケーションの断絶:メンバー間の情報共有が滞るようになった。誰が何をやっているかが把握しにくくなり、私が直接確認する機会が増えた。

ミスの増加:残ったメンバーのミスが目立つようになった。Aがいたときは自然とフォローが入っていたが、そのフォロー機能がなくなった。

私の業務量の増加:Aが担っていたチーム内調整を私が直接やることになった。月残業時間がさらに増えた。

評価への影響:チームの成果が下がったことで、私の評価にも影響が出た。「ちゃんとできていない」という評価を受けた。

約3ヶ月かけて、何とかチームを立て直した。残ったメンバーとの関係を作り直し、新しい進め方を整えた。そのプロセスは決して楽ではなかった。でも「何とかなった」と思えた頃、また同じことが起きた。

3回目が来たとき、何かが終わった

同じことが3回繰り返された。育てる、取られる、立て直す——このサイクルを3周した。

3回目の異動通知を受けたとき、私は怒りよりも先に、疲弊を感じた。「また始まるのか」という感覚だった。

SCENE — 3回目の通知

「今度のCも、来月から別の部署に」と上司に告げられた。今回は驚かなかった。そうか、またか、と思っただけだった。

「会社として循環させたいので」という同じ説明を聞きながら、私は心のどこかで「もうここでは育てる気になれない」という感覚が固まっていくのを感じた。

そして私はこう考えるようになっていた。「優秀な若手を育てる意味がない」と。

育てれば取られる。立て直せばまた取られる。自分が抜けたいと言っても聞いてもらえないのに、若手には簡単に異動のチャンスが与えられる。その非対称性に、理不尽さを感じていた。

3回目の異動通知を受けてから、私の仕事への向き合い方が変わった。もう長期的に育てることを考えるのをやめた。目の前の仕事を自分でこなすことを中心に考えるようにした。

その変化は、管理職として正しくないと自分でもわかっていた。でも「育てても取られる」という事実の前では、長期的な育成へのモチベーションを保てなかった。この瞬間から、私は本当の意味での「管理職」を辞めていたと思う。

「部下を育てる意味」を見失った管理職の末路

育成への意欲を失った管理職がどうなるか。私の場合は、じわじわと疲弊が深まっていった。

「どうせ取られる」という前提で仕事をすると、部下との関係が変わる。深く関与するのが怖くなる。面談はこなすが、本気で育てようとする気持ちが薄れる。その感覚は部下にも伝わる。チームの空気が変わる。

同時に、自分の評価も下がり続けた。チームの成果が出にくくなったことで、「ちゃんとできていないから」という評価を受けた。でも「ちゃんとできていない」原因は、育てた人材を繰り返し取られたことにある。その因果関係は、評価には反映されなかった。

なぜ自分だけが——この感情には、最後まで逆らえなかった。

評価が下がり、モチベーションが下がり、また評価が下がる——このループが続いた。転職を決めたのは、このループから出る方法が見えなかったからだ。

転職後に気づいた「育成の本来の意味」

転職後の職場では、育成への関わり方が変わった。企画職として若手とコラボレーションすることはあるが、前職のような「育てて取られる」という構造はなかった。

より大きな気づきは、「自分が成長する環境」に身を置けたことだ。前職では管理職として他者を育てることが求められていたが、自分が学べる機会は限られていた。転職後は、自分が挑戦して、失敗して、成長する——そのサイクルが生まれた。

DATA — 前職と転職後の「育成」の比較

前職:自分が部下を育てる側。育てた成果は会社の人材循環に使われる。自分が成長する機会は限られる。

転職後:自分が新しいスキルと経験を積む側でもある。年下の社員から教わることも多く、「育てる・育てられる」が双方向になった。

気づき:管理職として部下を育てることに全力を注いでいた時期、自分自身の成長はほぼ止まっていた。転職後、自分が成長する喜びを久しぶりに感じた。

前職での「育てて取られた」経験は、今でも苦い記憶だ。でも、その経験があったからこそ「自分が成長できる環境」を転職の条件として明確に持てた。苦しかった3年間が、転職後の方向性を定める材料になっていた。

よくある質問(FAQ)

育てた部下を取られるのは、管理職あるあるですか?

ある程度はあると思う。

でも「何も相談なく決まる」「3回繰り返す」というのは、組織の問題だと思っている。転職後の職場ではそういう経験がない。「人材の異動に管理職が関与できるか」は、転職先を選ぶ上でのひとつの確認ポイントになる。

育成への意欲を失いました。これは私の問題ですか?

あなたの問題ではなく、構造の問題だと思う。

「育てても取られる」という環境でモチベーションを保つのは、正直難しい。自分を責めるより、「この構造は変えられるか」「変えられないなら環境を変えるべきか」を考える方が建設的だ。私はその問いへの答えとして転職を選んだ。

転職面接で「部下を取られてモチベーションが下がった」と話してもいいですか?

そのままの言い方は避けた方がいい。

「組織の人材活用に自分の意見を反映できる環境で働きたかった」「チームの成長に長期的に関与できる環境を求めた」という言い方に変換すると、転職理由として筋が通る。私はこの言い方で面接を通過した。

RECOMMENDED

「育てても取られる」構造に疲れたなら、転職という選択肢は十分に正当だ。まずエージェントに相談することで、自分の経験を「育成経験のある管理職」として市場価値として評価してもらえる。

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