妻に転職の話を切り出したのは、夜の食卓だった。
子どもたちが寝静まり、二人だけになったタイミングを選んだ。 「実は、転職を考えている」—— そう言った瞬間、妻の表情が変わったのを覚えている。 驚きでも怒りでもなく、何かが固まったような顔だった。
しばらく沈黙があった後、妻は静かに言った。
「40代での転職は、リスクが高いと思う。」
その言葉は、予想していた。 でも実際に言われると、想像以上に重かった。 私はその夜、何も言い返せなかった。
妻が恐れていたのは、「転職」ではなかった
翌日から、妻との対話が始まった。 最初は私が「転職したい理由」を話し、妻が「不安な理由」を話す、 という形で進めようとした。 でもすぐに気づいた。妻が恐れているのは「転職」そのものではなかった。
妻の言葉を聞いていくと、不安は大きく四つに分かれていた。
今の貯金でどのくらい生活できるか。転職後に年収が下がった場合、家計はどうなるか。住宅ローンは払い続けられるか。
生活が変わることで、子どもに影響が出ないか。上の子は学校の友達ができ始めていた。引っ越しが必要になった場合、その環境が壊れないか。
新しい職場でうまくやれなかったら、どうするのか。また転職するのか。それが繰り返されないか。
今の仕事への不満は本物か。転職して本当に解決するのか。転職先でも同じ不満を抱えることにならないか。
聞いていて、胸に刺さった。 特に最後の「私自身のこと」—— 「転職して本当に解決するのか」という問いは、私自身がまだ答えを持っていなかった。
最初の1週間、私は間違えていた
妻の不安を聞いた後、私は「説得しよう」という気持ちで臨んでいた。 転職したい理由を丁寧に話せば、わかってもらえると思っていた。
でも最初の1週間は、空回りし続けた。
今の仕事は限界だ。このまま続けても、モチベーションが戻ることはない。自分のやりたいことをやれる場所に移りたい。
あなたのやりたいことはわかった。でも、もし転職先が合わなかったら?その時、私たちはどうなるの?
私は「自分の話」をしていた。 妻は「私たちの話」を聞きたかった。
その噛み合わなさに、最初の1週間は気づかなかった。
1週間後、一人で振り返った時に気づいたこと
私は妻を「説得する相手」だと思っていた。
でも妻が求めていたのは、説得ではなく対話だったのではないか。
自分の思いを伝えることと、相手の不安を受け取ることは、別のことだ。私は前者しかやっていなかった。
2週目から、変えたことが一つある
2週目から、私は話し方を変えた。 「転職したい理由」を話すのをやめた。 代わりに、妻の不安を一つひとつ、一緒に考えることにした。
まず、お金の話から始めた。 家計の収支を一緒に見直し、転職後に年収が何割下がったとしても 何ヶ月分の生活費が手元にあるかを計算した。 住宅ローンの残高と、毎月の返済額も改めて確認した。
次に、転職先が合わなかった場合の話をした。 「もう転職はしない」という約束を求められた。 私はそれには応じなかった。 でも「上場企業に絞る」「在職中に活動する」という条件を出した。 その条件が、お互いの妥協点になっていった。
週に3回、1回1時間ほど、そういう対話を続けた。 感情的になることもあった。 「そこまでして転職したいのか」と言われた夜もあった。
「そこまでして転職したいのか」——その問いに、私は「したい」と答えた。
その言葉が出た瞬間、自分でも驚いた。3年間迷い続けた自分が、初めてはっきりと答えを出した瞬間だった。
妻が動いたのは、「納得」ではなく「信頼」だったと思う
1ヶ月後、妻は「やってみれば」と言った。
その言葉は、「転職に賛成した」という意味ではなかったと思っている。 不安が消えたわけでもなかった。 それでも「やってみれば」と言えたのは、妻なりの信頼の表し方だったのだと感じた。
振り返ると、妻が動いたのは私が「説得した」からではなかった。
逃げずに向き合い続けたこと。不安を否定せず、一緒に考えたこと。「したい」という気持ちを、ごまかさずに伝えたこと。
その積み重ねが、妻の中で何かを変えたのだと思っている。 「この人は本気だ」と思ってもらえた時に、初めて「やってみれば」が出てきた。
家族に相談することを、後回しにしないでほしい
転職を考えている人の中には、家族への相談を後回しにしている人が多いと思う。 私もそうだった。 「反対されたら動けなくなる」という恐怖が、相談を遅らせていた。
でも実際には、相談を遅らせることの方が、家族に与える影響は大きかった。 隠しながら転職活動を進めることで、家の空気は確実に変わる。 子どもはその変化を、大人より敏感に感じ取る。
早く相談することで、反対されるかもしれない。 でも早く相談することで、一緒に考える時間が生まれる。 反対は、対話の始まりだ。終わりではない。
妻が「やってみれば」と言うまでに1ヶ月かかった。 その1ヶ月は、苦しかったが、必要な時間だったと今は思っている。 一人で抱えたまま動いていたら、転職が成功しても、 何かが家族の間に残ったような気がする。
怖くても、話してほしい。 動かないことにもコストがかかるのと同じように、 話さないことにもコストがかかる。
家族への相談と並行して、自分の市場価値を客観的に把握しておくと、 対話の中で具体的な話ができるようになる。 リクルートエージェントへの登録は無料で、相談だけでも現在地が見えてくる。


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