- 「面白い仕事が若手に回る」のはなぜか——個人の問題でなく組織の構造から来る理由
- 管理職に実際に回ってきた「面白くない仕事」の具体的な中身(隠さず書く)
- 理不尽だとわかっていても声を上げられなかった心理的な理由4つ
- 「管理職のやりがいなし」の感覚と「プレイヤーに戻りたい」衝動の正体
- 「慣れてしまうこと」が面白くない仕事より怖い理由——感覚が麻痺するプロセス
- この状況から抜け出すための選択肢と、私が実際に取った行動
「面白そうなプロジェクトは若手に回る。複雑で地味な調整業務は自分に回ってくる。」
管理職になってから、この感覚がどんどん強くなっていった。 月100時間近くの残業をこなしながら、自分のデスクには誰もやりたがらない仕事が積まれていく。 若手が「これは自分には難しい」と断った仕事が、なぜか管理職である自分のところに来る。
「管理職なんだからしょうがない」——そう思おうとした。でも、思えなかった。 これはあなたの気持ちの問題ではない。管理職という立場が持つ、組織の構造から来ている問題だ。
この記事では、なぜ「面白い仕事が若手に回る」という状況が生まれるのか、その構造的な理由を解説する。 そして、わかっていても声を上げられなかった心理的な理由と、 「慣れてしまうこと」がなぜ面白くない仕事そのものより怖いのかを、当事者として正直に書く。
「管理職のやりがいがない」「プレイヤーに戻りたい」と感じているなら、 この記事はそのモヤモヤを言語化する助けになると思う。 そしてその先の選択肢についても、私が実際に取った行動をもとに書く。
日本能率協会マネジメントセンターの2023年調査(管理職1,072名対象)では、管理職全体の56.4%は「今の仕事が面白い」と感じているポジティブ管理職だった。裏を返せば、約4割の管理職が「今の仕事が面白くない」と感じている。
また同調査で、ネガティブ管理職が最も多く感じていたのは「調整が多くて面倒(71.3%)」。「プレーヤーとしての仕事の方が面白い」「負荷に対し報酬が釣り合っていない」も、ポジティブ・ネガティブ管理職の差が少ない項目として挙がっており、多くの管理職が共通して抱える課題であることがわかる。
「面白くない仕事が回ってくる」という感覚は、あなただけのものではない。
管理職になったら、仕事の配分がおかしくなった
36歳で管理職になった。最初は嬉しかった。「ようやく認められた」という感覚があった。 でも、その感覚は数ヶ月で薄れ始めた。
プレイヤー時代には、「なぜこの企画なのか」「お客様が本当に欲しいのはこれなのか」という問いを持ちながら仕事をしていた。設計の仕事の中にも、面白さを見つけていた。
でも管理職になってから、その「面白い部分」が自分の仕事からなくなっていった。 代わりに増えたのは、誰かが断った仕事、誰も担当者が決まっていない仕事、「管理職の仕事」というレッテルが貼られた雑務の数々だった。
ある月曜日の朝
デスクに戻ると、メールが17件来ていた。上から振ってきた機能検討の依頼、週次会議の議事録作成依頼、若手からの「これ、自分には難しいので」という引き渡し。
「これは自分の仕事なのか」という問いが浮かんだが、「管理職なんだから」という言葉で打ち消した。打ち消した、ということは、疑問は残っていたということだ。
管理職の仕事の実態について、多くの人は「マネジメントをする仕事」と思っているかもしれない。 実際には違う。「誰も担当しない仕事の最終的な受け皿」になることが、管理職の実態だった。
なぜ「面白い仕事が若手に回る」のか——3つの構造的な理由
これは個人の問題ではない。組織として合理的に動いた結果、 管理職に面白くない仕事が集まる構造ができあがっている。 構造を理解すれば、「自分がダメだから」という誤解が解ける。
若手が成長したかどうかが管理職の評価に反映される組織は多い。そのため管理職は、意識的に若手に「成長できる仕事=面白い仕事」を配分するようになる。それ自体は組織として正しい判断だ。
でも結果として、面白い仕事は下に流れ、残った仕事が上に積まれる。
「これは自分には難しい」「これは自分の担当外だ」——若手がそう判断した仕事は、チームのどこかが引き受けなければならない。その最終的な受け皿が管理職になりやすい。
中間管理職の役割として「担当者不在の残タスクの引き受け」があるためだ。この構造は個人の努力では変えにくい。
「若手の成長のために」という大義名分があると、管理職は面白い仕事を渡すことを「正しいこと」として受け入れ始める。一度受け入れると、次も受け入れやすくなる。その繰り返しの中で、自分の仕事への関心が少しずつ削られていく。
この「慣れ」が最も厄介だ。
誰かが悪意を持ってそうしているわけではない。組織として合理的に動いた結果、管理職に面白くない仕事が集まる構造になっている。構造の問題だから、個人が努力しても変わりにくい。この認識を持つことが、最初の一歩だ。
実際に自分に回ってきた「面白くない仕事」の中身
抽象的な話だけでは伝わらないので、実際に自分に回ってきた仕事を書く。 「管理職 雑務ばかり」と感じているあなたに、「同じ状況がある」と知ってほしい。
不要だと思う機能の検討資料の作成
上から降りてきた指示で、「この機能を検討せよ」という依頼だった。若手が「これは意味がない」と判断して手をつけなかったもの。でも上から降りてきた指示だから、誰かがやらなければならない。結局、管理職である自分が手を動かした。完成させても誰も褒めない。当然だ、誰も必要だと思っていないのだから。
大量のデータコピー作業
自動化もされていない、単純な繰り返し作業。若手に頼むと「これは自分の仕事ではない」という反応が来た。時代的に「単純作業は断っていい」という空気があった。管理職が巻き取るしかなかった。月100時間近い残業の中で、このような作業に何時間も費やした。手を動かしながら「なぜ自分がこれをやっているのか」という問いが頭を離れなかった。
誰も参加したがらない社内会議の議事録作成
誰が担当するかが決まっていない会議の記録は、いつの間にか管理職のタスクになっていた。「あなたは管理職なんだから」という理由で。出席した若手が書くべき議事録を、結局管理職が書く。この「いつの間にか」が積み重なっていく。
若手の失敗の後処理・謝罪対応
若手がミスした案件の後処理は管理職の仕事になる。それはわかる。でも、その若手に厳しく指導すると「パワハラだ」というリスクがある。責任は取らされるが、予防するための手段が制限されている。この非対称が、管理職の疲弊を加速させる。
「面白い仕事は若手の『成長機会』になる。面白くない仕事は管理職の『当然の責務』になる。その非対称さに、言葉が出なかった。」
理不尽だとわかっていても、声を上げられなかった理由
状況はわかっていた。理不尽だとも思っていた。 でも、声を上げられなかった。なぜか。 ここを書くことが、この記事で一番重要なことだと思っている。
それを破ることへの抵抗感があった。抵抗感は、理屈ではない。「自分が弱音を吐いてどうする」という、自分自身への圧力だった。
強く言えない分、自分でやるしかなかった。「任せること」と「強要すること」の境界線が曖昧になっていた。その曖昧さが、自分で引き受けることを選ばせた。
管理職になった瞬間、組合員の保護から外れる。「言える仕組み」がなかった。言えない仕組みの中にいると、「言わない」ことが自分の選択のように錯覚する。
期限のない約束だった。でも信じたかった。この言葉が、動くことへのブレーキになっていた。(「上司の『もっと頑張れば』が転職を決めた日」に詳しく書いた。)
これらが重なって、「おかしい」と感じながら、何も言えないまま仕事を引き受け続けた。 言えない状況が続くと、少しずつ「おかしい」という感覚も薄れていく。 それが一番怖いことだったと、今は言える。
「管理職のやりがいなし」——プレイヤーに戻りたい衝動の正体
設計者の頃から、企画職への関心があった。 「なぜこの機能なのか」「お客様が本当に欲しいのはこれなのか」—— そういう問いを持ちながら仕事をしていた。 それが自分のやりがいの源泉だった。
でも管理職になってから、その関心が薄れかけていた。 面白くない仕事が積み上がる中で、「もっとやりたいこと」を考えるエネルギーが削られていった。
プレイヤー時代の一日
「なぜこの機能なのか」を考えながら設計する。自分のアウトプットが形になる感覚がある。一日の終わりに「今日、自分は何を作ったか」という問いに答えられる。
管理職時代の一日
データコピー、議事録作成、誰も担当しない機能の検討資料。一日の終わりに「今日、自分は何を作ったか」という問いに、答えが出ない。それが積み重なっていく。
その頃の手帳に書いた言葉
今日もデータコピーをした。なぜ自分がこれをやっているのかわからない。
以前は「この企画はこうした方がいい」と思いながら設計していた。今は、そこまで考える余裕がない。
余裕がないのか、関心が薄れたのか。どちらかわからなくなってきた。
「プレイヤーに戻りたい」という衝動は、単なる「楽になりたい」ではない。 「自分が作ったと言えるものを持ちたい」「自分の能力を使っている実感を持ちたい」という、仕事への根本的な欲求だ。 これを「甘え」と言う人もいるかもしれない。でも私はそうは思わない。
その欲求に正直に従った結果、転職後に初めての企画が世の中に出た。 子どもに「これ、パパが作ったやつだよ」と言えた。 その話は「初めての企画書が通った日のこと」に書いた。
「面白くない仕事が来る」より「慣れてしまうこと」の方が怖い
この記事で一番伝えたいのは、ここだ。 競合サイトが書いていない、当事者だからこそ書けることがある。
面白くない仕事が来ることは、つらい。でもそれより怖いのは——
「これが普通だ」と思い始めた時だ。
おかしいと感じる感覚は、動くためのサインだ。そのサインが薄れていく過程を、私は3年以上かけて経験した。
最初は「なぜ自分がこれを?」という違和感があった。次第に「管理職なんだからしょうがない」に変わった。最後は、そもそも「なぜ自分が?」と問うことさえしなくなった。
慣れることはなかった。変わることもなかった。ただ、おかしいと感じる感覚が少しずつ薄れていっただけだった。
感覚の麻痺は、ゆっくりと起きる。だから気づきにくい。 3年後に振り返ると「なぜあの時に動かなかったのか」と思うが、 当時の自分には「おかしい」という感覚が少しずつ「普通」に上書きされていった。
面白くない仕事が来ることは、あなたのせいではない。構造がそうなっているだけだ。でも、その構造の中に居続けるかどうかは、自分で決められる。おかしいと感じているなら、その感覚を大事にしてほしい。それは「弱音」ではなく「動くためのサイン」だ。
この状況から抜け出すための選択肢
「管理職のやりがいなし」「プレイヤーに戻りたい」と感じた時、選択肢は複数ある。 私が転職を選ぶまでに検討した選択肢と、それぞれの現実を正直に書く。
私も年1回の面談で異動希望を出した。
「聞いてくれる」が「動く気配はない」という状態が続いた。社内では人事権を持つ上位者の判断で動くため、自分の希望が通るとは限らない。
「聞いてもらえた」と「実際に変わった」は別の話だ。試みる価値はあるが、過度な期待は禁物だ。
社内での降格を申し出る選択肢もある。
年収が下がるリスクはあるが、「面白くない仕事をやり続けるストレス」のコストと比較した時にどちらが大きいかを考える必要がある。
同じ会社内でプレイヤーに戻った場合、「管理職経験者のプレイヤー」として見られる居心地の悪さは残ることも正直に言っておく。
私が選んだのはこれだった。
40代・管理職経験者として企画職に転職した。転職した先では「プレイヤーとして自分の企画を出す」という仕事ができた。
その代わり、社内人脈がゼロになるという現実もあった。(「転職後に一番つらかったこと」に詳しく書いた。)でも、「自分が作ったと言える仕事」を持てたことは、それを補って余りある変化だった。
どの選択肢が正しいかは、人によって違う。 でも、「動かないこと」もまた選択だ。 そして動かないことにもコストがかかる——時間は確実に過ぎていく。 (「『動かないこと』にもコストがかかる」にこの話を詳しく書いた。)
転職を考え始めた時に最初にやったのは、「自分の現在地を知ること」だった。 自分にどんな選択肢があるのかを知るだけでも、「ここに居続けるしかない」という閉塞感が変わる。
よくある質問(FAQ)
「このままでいいのか」という感覚を持ち始めたら、まず自分の市場価値を客観的に知ることから始めてほしい。リクルートエージェントへの登録は無料で、話を聞いてもらうだけでも、今の自分に選択肢がどれだけあるかが見えてくる。動くかどうかを決めるのは、その後でいい。
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